心のメガネを外して世界を眺めよう
私は目が悪いので、一日中メガネをかけています。
メガネを外すのは、顔を洗ったり眠るときくらいなので、もはや体の一部です。
顔を洗ってタオルで顔を拭き、鏡に映る私の顔を見ました。
ピントがずれたようにぼんやりとしか見えないいつもの光景。
だけど今日はこんな思いが浮かびました。
メガネはとても便利です。
近眼や遠視、老眼など見えにくい世界を、見える世界に変えてくれるのですから。
私のように0.0・・まで視力が落ちている人にとってはありがたい存在です。
そんなメガネですが、今の世の中、多くの人が知らず知らずのうちに心の中にメガネをもっていて、そのメガネで周りの人たちを覗いているのではないか?と思うのです。
何でも見えるメリットはとても大きいですが、何でも見えていいんだろうか。
下手をしたら色メガネで物事を判断しているんじゃないだろうか。
そう感じているのです。
時には私の裸眼のように、何も見えずぼーんやりするのも必要じゃないでしょうか。
現代はネットや噂話など、意識しなくても私たちの目や耳にありとあらゆる情報が入ってきます。
場合によっては知りたくない情報も入ってくるでしょう。
スマホばかり見ていて(これは私のこと💦)目が疲れてしまうように、ココロの中にあるメガネで世界を見ているから、ココロも疲れている人が多いように感じます。
メガネをかけている人は、ちょっと数分だけでもメガネを外して遠くを眺めてみましょう。
メガネをかけていない人も、ココロのメガネを外して、ちょっと情報から意識的に離れ一人考える時間を持ってみてはどうでしょう。
遠くを眺めることは、目の保養になります。
同じように、ココロの保養も必要です。
今日も温かいストレートティーを飲みながら、ココロの波風をなるべく立てず、笑顔で穏やかに一日を過ごしてみたいなと思います。
みなさんも、ステキな一日を!
「許す」気持ちがもたらす大きなパワー
誰かの行動や言動が許せない、どうしてもこれだけは!という気持ちになることは誰しもあります。
思い出すだけでも「あーーー!くそっ!」って思うことありますねぇ。
だけどいつまでもそうやって相手を責めていても、残念ながらその人の性格は変わりません。
人の話、聞いてないなー、とか
なんで平然と人の意見否定してくるの?とか
悪い人じゃないんだけど何考えてるか分からなくて怖い・・
色々な感じ方があるでしょう。
それでも付き合わなければならないのが人間関係。難しいところです。
そんな悩みに一番ズドンときた答えが「許す」という考え方。
今回はそんな「許し」についてまとめてみます。
浅見さんは著書「わかった!運がよくなるコツ」で「許す」ことの大切さを説いています。
「人を許す」ということでつくられるプラスのパワーは、日常生活で良い行いをする、などから生まれるプラスのパワーとはくらべものにならないくらい大きなものです。
自分のまわりにあることは自分の鏡なので、その人を許すということは、結局は自分の悪いところを許してあげているということだからです。
私の思考は浅見さんから教わった方法で色々変わりましたが、特にこれが一番衝撃的で、一番大きく気持ちの持ち方が変わりました。
考え方としては
「まあ、そこで怒ってもしょうがない」
「命の危険じゃないし、いいじゃん」
という、いわば楽観的思考。
この考え方は浅見さんも提言していますが「精神レベル」の上昇にもつながります。
実践してみたら、心の余裕が生まれ、ちょっとしたことで怒ったりイライラしたりすることがなくなり、結果、穏やかに過ごす日が多くなりました。
6秒待ちましょう、というアンガーマネジメントもありますが、とにかく起きたことを自分の都合のいい方に考え、相手に対して「許す」気持ちを持つことは、大きな転換になると私は思います。
特にこの時期ですから、ちょっとしたことでムカッ💢となっても、「まあいいか」と許してみてくださいね。
なりたい自分になれていますか?
私はプリキュアが大好きで、特にハートキャッチプリキュア(ハトプリ)がお気に入りです。
いつかこの作品から学んだことを書いてみたいと思っていたのですが、ちょうどいいタイミングですてきな記事を見つけたので、それと一緒に一つハトプリのことを書いてみたいと思います。
ハトプリは4人の女の子がプリキュアになって、人々の心の中にある「ココロの花」を守りながら砂漠の使徒と戦うお話です。
その中の一人に男の子の格好をした女の子「いつき」がいます。
彼女のキャラ設定は由緒正しい家の者として武道に邁進し、学校では生徒会長として全校生徒の憧れの的というもの。
主人公のつぼみですら惚れてしまうほどです(私も彼女はカッコイイと思っています)。
そんないつきには人に隠していることがあります。
それは可愛いものに囲まれたいという女の子らしい一面。
彼女のお兄さんは体が弱く跡取りになれないため、彼女は跡継ぎとして男の子として振る舞い、長くそんな一面を家族にすら隠していました。
しかしつぼみたちと関わる中で、自分の秘めた思いが大きくなっていくのです。
厳格な祖父がどう思うか、という不安もありましたが、最終的に彼女は武道をする私も私、可愛いものが大好きな私も私という「自分らしさ」を手に入れました。
さて、今回見つけた記事を書かれた方はまさにリアルいつきだなあと読んでいて思いました。
私だって、かわいいケーキを選びたい。なりたい自分になるために | かがみよかがみ
結局いつきもそうですが、周囲によってその人の人格が作られてしまうのって辛いと思います。
食べたかったケーキではない方を選び、周りの反応が良くても、本心ではない行動は、とても心苦しかったのではないかと思います。
私はこうありたい。だけどそうすれば他人からの評価が変わってしまう。
自分に対する見方が変わることで失望されてしまう恐怖。
それがこの世界の「生きづらさ」を生んでいるように思えるのです。
周りが無意識的に起こす評価で偽りの人格が作られ、それを保つことが自分のあるべき姿と思っているならば、それは違うと思います。
他人の思惑や評価という殻を破り、自分らしく歩んでいく。
好きな物を、好きだとハッキリ言える強さこそ、これから輝ける人ではないか。
私はそう思うのです。
あなたは「なりたい自分」になれていますか?
ダメな日はさっさと終わらせよう
しいたけ.さんのTwitterでこんなツイートがありました。
「ああ、すごく分かる」と思い即リツイートしました。
これはまさに「直感」と同じ考えですね。
朝目が覚めて「あ、今日はダメだ」と感じることは時々ですが私にもあります。
そういう日は、洗濯機を回すためにお風呂から水を入れようとしてバケツの水が服にかかってしまったり、いいタイミングで物事が動かないなど何をしても上手く行かなかったりします。
別にそれがどうした、と言う人もいるかと思いますが、日々起きることにちょっとだけ注目していると、自分の置かれている状況(精神レベル)が分かってきます。
このように今日はちょっとダメだなあと思う日は、心が落ち込むきっかけにもなりがちなので注意です。
ダメな日については、ドリアン助川さんも同じような事を言っています。
待つという姿勢は、行うということと等しく重要。ドリアン助川【ゲーテの名言⑥】 | GOETHE[ゲーテ] |男性月刊誌『GOETHE』発のWebメディア
最後にある「できない自分を許せ、長い目で自らを見守れ」
いい言葉ですねぇ。ちょっと感動しました。
要は、ダメな日にジタバタしてもダメなので最低限の行動にする、もしくは静かに時が過ぎるのを待つのが一番という事なんですね。
ホントにひどい時はさっさと寝て終わらせてしまうのも一つです。
ほかにも「幸福の手紙がたまたま今日お休みだった」という考え方もあります。
さて、今日は天気は良くないですが、あの日のようなひどい心境ではないと思うので悪くはないのかもしれません。
流れが悪いときも、コロナ疲れで体の調子が・・というときは、あまりSNSとかで世の中にアクションを起こさず一人で楽しめることに集中するなど、流れに任せた過ごし方をしてみてはいかがでしょう。
私も今日は一人のんびりゲームでもして楽しみたいと思います。
「いいね」の呪縛から逃れるには
SNSをしていて楽しい!と思えるのは、なんといっても「いいね」やリツイートといった、誰かからの反応ではないでしょうか。
「あ、いいねがある。嬉しーい♬」
そんな気持ちになりますよね。
人には誰かに認められたいという承認欲求があります。
心理学の世界で有名なマズローの欲求5段階説の中にも承認欲求は存在します。
乳幼児期であれば母親、児童期であれば先生や友達、青年期以降は社会というように、その場面は変化します。
しかしこの「いいね」というものは、とても罪深いというか、一種の麻薬だな、と最近思うようになりました。
さて、SNSをしているとこんな気持ちになったことはありませんか?
- 他の人の投稿を見ていて、気が滅入る
- 他の人のいいねの数がめちゃくちゃ気になっている
- 自分の投稿に対していいねがないとイライラする
こうなっていたら、依存というか完全に呪縛です。
人と比較して、なにが楽しいですか?
むしろ、辛くないですか?
誰かと比較するその行動は、SNSをしていると無意識的に陥りがちになる、メンタルにおける大変危険な問題行動です。
この際スッパリ断ち切って、あなたらしさを取り戻しましょう。
ちょっと前まで、私も「いいね」の呪縛に苛まれていました。
いつも乗り越えたと思ったら、忘れたころにまた陥って引きこもる、いわゆる無限ループを繰り返しています。。
なのでそろそろなんとかしたい!と思いましたので、自分なりの方法を備忘録としてまとめてみることにしました。
まず、「いいね」が欲しいと思えば思うほどもらえないという原理を、徹底的に心に言い聞かせます。
このときが一番辛いですね。だだっ子じゃないですが理想と現実が乖離しているのに心の底にある欲求が爆発しているのですから。
苦しすぎて泣きたいなら泣いてください。とにかく認めましょう。
何度も言い続けると心は納得してきます。
人の投稿を見たくないのであれば見なくてかまいません。
そもそも見る義理なんていりませんし、自分主体で進むべき時ですので思い切って決別した方が良いでしょう。
そして動きたくなったなら少しずつ投稿すればいいのです。
ただ完全に傷が癒えてないので自分の思いとかを書くよりも、ちょっとしたニュースを引用リツイートする程度にしましょう。
そうすれば自分の書いた意見=思想を否定される訳ではないので、そこまで心のダメージは受けにくいです。
簡単に言えば捨て投稿ですね。これを数回繰り返してみます。
ここで1つでもいいねがもらえてくると、「ありがたいなぁ」と実感してきて心は立ち直ってきます。(感謝することの大切さにもつながりますね)
心が戻ってきたかな?と感じたら、徐々に、徐々にでいいので思いを投稿してみましょう。
感じたことを素直な気持ちで書くのがポイントです。
ただし反応は求めず、これも捨て投稿の気持ちで出してみるのです。
すると変に入っていた肩の力が抜けてきて、「まあ見てくれる人がいたらいいかな」という、いい意味での脱力感が出てくるので、それが読み手から見ると「重くない」と感じられるのか、結果いいねがもらえる仕組みになるのです。
あとは百発百中を狙わず、数打って当たったらラッキー!と思うのも自分を守る術になります。
なお、これはあくまで私の考えですので、人によりけりです。
そんなこと考えてるの?なんて思う人もいらっしゃるかもですが、きっと同じような苦しみを抱えている人もいるかな?と思ったので書いてみました。
とにかく心に言い聞かせるのは「いいねをもらうことを目的としない」こと。
もちろんこのブログもそう思って書いています。
私は別にインフルエンサーでもないし、このブログも誰かの気づきや支えになれば、の気持ちでまとめたい。
そんな思いだけです。
まとめますと、
「いいね」が欲しくて自分を背伸びさせているのであれば、今すぐやめましょう。
誰かと比較することもやめましょう。
背伸びさせればさせるほど自分自身を傷つけます。
ありのまま、本音のまま、だけど言葉尻についてはちょっと受け手の気持ちに配慮した上で気持ちを綴れば、必ず誰かがあなたのその気持ちに共鳴、共感し、自然と理解者は増えてきます。
もし背伸びしすぎて傷ついているなら、無理せずぜこの記事を参考に「居場所」に籠もって充電してくださいね。
一人になれる、逃げ込める「居場所」を持っておこう - スピリチュアル心理学 spiritual-psychology
今回の参考文献もぜひ。
思い込みのパワー、侮るなかれ
浅見帆帆子さんの本をパラパラと読んでいたら、夢を叶える方法の部分が目に止まりました。
そういえば私自身、このやり方(というか気づかずこの方法をしていた)で一つの大きなことを成し遂げていたことを思い出します。
私は数年前、通信制の大学を卒業しました。
詳しくは別ブログでちょこちょことまとめていますが、卒業できるんだろうか・・から、卒業できる!に心情が徐々に変化し、気づけば本当に卒業できたのです。
そう考えると、思い込みにはものすごい力があると思ったので、今回は「思い込みのパワー」についてお話します。
思い込みのパワーを使うには、まず
「○○になりたい」ではなく 「○○になる」もしくは「○○できる」
と言い切ってしまうことがポイントです。
これは神社にお願い事をするときにも有効な方法ですね。
ただ、最初はどうしても否定的な言葉が頭を駆けめぐります。
「そんなことできる訳ないだろ」
「無理に決まっている」などなど・・
それは普段現実を見ていることや、否定された経験などから無意識的に浮かぶからだと思います。
それでも負けずに、言ってみるのです。
ちなみに私の場合は、「なる」より「なれる」の方が響くので、人によって感じかたが違うかもしれません。
まずは色々な言い方や言い回しを試してみて、しっくり来る、心に響くと感じたらそれを何度でもつぶやいてみてください。
もちろん感じ方は変わることもあるので、納得する形でやってみましょう。
すると不思議なもので「できるかも・・」と思えてくるのです。
納得するまでつぶやいたら、後はまた数日後にでも、というくらい放っておきましょう。
そして仕事や家事、勉強などを頑張るだけです。
ふと「そういえば最近言ってないな」とか、叶わないのでは・・という不安に苛まれたら、また心につぶやけばいいのです。
とにかくマイナスな思考を、ポジティブな言葉で追い出すのです。
こうしたポジティブ言葉による思い込みは、後に大きなパワーとなって実際に実現に向かって進んでいくのです。
スポーツ選手でも、成功しているイメージを何度も思い浮かべるトレーニングをすると、実際に成功するという実例もありますので、何ら間違ってはいない考え方です。
ただし注意すべきは、「なにがなんでも!」とか「これが叶わないとダメ」とか思わないこと。
それは執着であって、逆に実現を阻みます。
念力ではないので「できる、できる。じゃあよろしくね〜」程度がベストです。
他にも「叶うかな・・」とついつい心配するのもNG。
心配すると思い込みのパワーが減ります。
ポジティブな言葉で覆い尽くしたり考えないようにしたりすると心がほっこりしていい方向に向いていきます。
引き寄せや引き力の法則は心の持ち方次第でマイナスもプラスも引き寄せます。
そして夢の実現には様々な方法があります。
今回の思い込みもありますし、中山庸子さんのようにノートに願い事を書いて放置というのもあります。
そのあたりも今後ご紹介できればと思います。
あなたの夢の実現、応援しています!!
オススメ本
浅見帆帆子 あなたは絶対運がいい
中山庸子 夢ノートのつくりかた
一人になれる、逃げ込める「居場所」を持っておこう
こう毎日毎日何十人が感染したとか、自粛警察が現れてとか、コロナウイルス関連の話ばかりで疲れていませんか?
何度かブログでも申し上げていますが、あまり見ていて気分が悪くなるようでしたら適度に離れてくださいね。
東日本大震災の時もメンタルのケアが叫ばれましたし、自分で自分の心を守れるようにすることは、これからの生活には必要不可欠かと思います。
さて今回は、私自身が日々用いている「居場所」についてお話したいと思います。
残念ながら自粛の状況は長期戦になる様相です。
これまで体験したことのない生活様式になっていますので、慣れない方もいらっしゃるかと思います。
そんな時こそ「一人になれる居場所」は、家で過ごすことが増えた今、非常に重要になっているように感じます。
といってもここで言う「居場所」は何も部屋とかカフェとかではありません。
1冊のノートだったり、私の場合は鍵付きのTwitterアカウントです。
それはとてもお見せできる物ではありませんが、非常に居心地のよい場所になっていて、一日に何十回と見ていることもあります。
なぜならこの場所には、自分とまっすぐ向き合う中で導き出した、様々な悩みに対する答えをメモとして残していたり、ブログのヒントや見ると思わずムフフとなるような資料が沢山収められているからです。
また時々中身を見返すと、行動のヒントがもらえたり、時には自分の言葉でハッとしたりするので、実に面白いのです。
今回なぜこのことを書こうと思ったのか。
それはこのアカウントを読み直していたらこんな言葉があったからです。
むしろここは誰にも評価されないし誰からも見られない。いいねは無くとも本音で語れるから居心地は最高。辛いならここにずっと居ていいんだよ
これはあることがきっかけで傷つき深く落ち込んでいた私が私に宛てたメッセージの一つです。
率直な気持ちのままを記していたので記憶にすらなかったのですが、見返してみて本当に救われた気がしました。
特に今のような半ば強制的に一人にならざるを得ない状況下だと、人は色々考え込んでしまうものです。
下手したらメンタルが辛くなります。
そんなときこそ、自分にとって楽しいものに囲まれ、じっくり自分と対話できる「居場所」に逃げ込んで、ひたすら籠もって気力体力を充電して欲しいのです。
「自分だけの居場所」を持っておくことは、自分を守る盾になります。
居場所作りは、見てて「楽しい」存在にすることが絶対です。
好きな風景、心惹かれる画像や言葉で中身をいっぱいにしたり、ノートであればシールなどでデコレーションしたりするとテンションが上がってきます。
とにかく見ていて楽しい、ずっと見ていたいような中身に仕上げることで、居場所はあなただけの拠り所となり、いつしかあなたの心の支えになります。
ちなみにこのような考えを教えてくださった中山庸子さんの著書「夢ノート」シリーズでは、他にも色々なパターンが紹介されています。
夢ノートのつくりかた
夢ノートのつかいかた
夢ノートのおくりもの
そして夢ノートの発展系である「いいこと日記」では、小さないいことを記して貯めることによるメリットなどがまとめられています。どちらもオススメです。
「なりたい自分」になれる 中山式「いいこと日記」をつけよう!
居場所は、自分の気持ちと向き合うことで自分が何をしたいのか、何を求めているのか考えるきっかけになります。
そして思考を整理することでやりたいことに気づくことにつながります。
誰にも見られない(というか見せない)、秘密基地みたいな「居場所」。
形はノートであれ、ネットであれ、「居場所」は今こそ必要な存在だと、私は思っています。
この機会に是非自分だけの「居場所」を持ってみてくださいね。