スピリチュアル心理学 spiritual-psychology

心理学や自己啓発本、スピリチュアル実践から気づいたことを書く独り言ブログ

夢の実現はノートで掴め!

こんにちは。

 

これまで私は夢の実現にノートを活用してきました。

今日はそんなノートとの出会いと、ノートを活用した夢の実現について色々語ってみたいと思います。

 

 

「書く」って、楽しい!

まず伝えたいのは、「書く」は楽しいです。

書くことで、自分と向き合えるからです。

 

私自身、「書く」ことは結構好きです。

学生時代はそれほどだったのですが、そのきっかけになったのがパソコンとの出会いです。

 

ブラインドタッチを習得し、文字入力の楽しさを知ってから、「文字入力」は最高の気分転換になっています。

 

それに学生時代のように決められた課題について無理やり書くのではなく、自分の思いを吐露する場所なので、書くことへの抵抗感は無くなりました。

 

その時使うコンテンツは、気分次第でパソコンだったり、手書きだったりしています。

 

私のノート歴

さて、私のノート歴は途中お休みもありつつ、20年以上になります。

 

元々はよくある恋愛系からで、好きな人とのやりとりとかをつらつら書いたものです(//∇//)

 

そこから大きく変化したのが、中山庸子さんの「夢ノート」でした。

 

夢ノートは一冊のノートに叶えたい夢をリストにして書いていくものです。

 

その内容はとにかく率直に、かつ完了形で書くのが良いです。

 

大きな夢から「○○を買ってくる」のTODOまであり、時には100を超えました。

 

夢ノートによって私の夢はたくさん叶いました。

 

そして形を変えながらも10年ほど続けました。

 

「書く」と夢が現実に近づきます

これは中山さんもおっしゃっていますが、

 

「書いた夢は常に目に通しておく」

 

と夢の実現は早まります。

 

それは記録もそうですし、日記もそうですし、リストもそうです。

 

常に眺めることで夢の実現は近づきます。

 

だから書くならば、

 

起きたことをそのまま書く日記よりも、

ちょっとでも嬉しかったことや楽しいことが詰まったリスト型の方が

 

長続きしますし、自然と読みたくなるはずです。

 

夢を叶える上でのノートの重要性はこちらにも詳しくありますので、参考にどうぞ。

 

asajikan.jp

 

 

「必要になったから」始めた記録もノート効果アリ!

夢ノートとは違うスタイルとして、番外編に大学の履修記録があります。

 

通信制大学で単位を取得することとなり、学習計画やら進捗状況を管理する必要が出たので、Excelでパパッと作り、そこに必要事項や気づきをまとめました。

 

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この記録は、後に学習日記に発展し、ちょっとした夢ノートの延長線になりました。

 

そのおかげでしょうか。

難関と言われる通信制大学を4年ほどで無事卒業できました。

 

今見返してみても、やはりこの記録の存在は大きかったです。

 

とにかく立て続けに締め切りが襲ってきていたので、覚えきれなかったのです。

 

そのためこうして記録に残し、記憶から消すようにしました。

 

そして常に確認していましたので、すべての締め切りに間に合わせることができました。

 

改めて記録の重要性を知りました。

 

1行日記とミーニングノートへ

大学卒業後、書く使命がなくなり、私は書くことをしなくなりました。

 

すると徐々に目標も見失い、やることがうまく行かなくなりました。

 

自暴自棄になることもありました。

 

そんなある日、ミーニングノートの紹介コラムを見つけ、読んでみました。

 

夢ノートに近いな、と感じつつ、でもやり方はちょっと違う。

 

そんな興味本位から、久しぶりにノートを探し、書き始めました。

 

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面白いもので、書き始めたら運気が変わってきたのを実感しています。

 

常に「自分の今」に着目するので、人との比較する暇もなくなりました。

 

さらに、これまでは事が起こるたびビクビクしていましたが、今では逆にワクワク感に変わっています。

 

その理由については、ぜひミーニングノートをお読みください。

 

その後「1行日記」にも出会いました。

 

最初こちらを実践していましたが、今はミーニングノートをやっています。

 

まあ色々試している段階なので、今後どちらかの手法になると思います。

概要については以下のリンクで紹介していますので、自分に適したやり方で進めてみてくださいね。

 

 

dime.jp

www.sbbit.jp

 

 

まとめると

 

ノートは相棒です。

 

誰にも話せないことも、SNSに書けないことも、ここでは素直に言えます。

 

だからノートも、文房具も、自分のお気に入りで揃えてみましょう。

 

前向きな気持ちになれるので、自然と相棒になってくれます。

 

 

この秋、ぜひ一冊ノートを準備して、夢をかいてみてはいかがですか?

 

感情の発散、していますか?

こんにちは。

 

突然ですが、みなさんは「嫌い」の感情をどうしていますか?

つい前までなら居酒屋で同僚と酒を飲みながら愚痴ったり、女子会でだべったり・・と色々な形で感情を発散されていたかと思います。

 

ですが人によっては、その感情を「良くない」と蓋をしてしまうのです。

 

そんな心の優しいあなたに、同じ立場から少しレベルアップできた私の考えをお伝えします。

 

 

子どもは素直。だけど大人は・・

子どもと関わる毎日を過ごしていると、よく報告?のような話をしてくれます。

「ねえ、私○○さん嫌い」

「どうして?」

「だって~」

 

子どもは親や先生、友達など身近な人に自分の思いを伝えて、同意を得ようとします。

それは大人も一緒でしょう。先の居酒屋談義や女子会はその典型ですから(汗)

 

みなさんも子どもの頃、同じように気軽に「好き・嫌い」をぶっちゃけていたと思います。

 

しかし不思議です。

大人になるとよほど気心知れた人か、お酒の力借りて、じゃないと言いませんよね?

では、その感情は無くしてしまったんでしょうか?

 

違いますよね。

単に表面上に出ないだけで、無くしたわけじゃない。

 

心優しい人に伝えたいのは、まずその感情を認めてほしいということです。

 

認めてください。嫌いだと感じるその感情を。

 

それだけでメンタル的にも全然変わります。

 

感情に蓋をする毎日を繰り返したら

さて、ぶっちゃけ私にも、どうしても好きになれない、嫌いな人がいます。

姿を見るのも、声を聞くのもイラッとして、仕事に集中できないくらいです。

 

長く「嫌い」の感情は蓋をしていました。

嫌いになることが良くない、嫌いになる自分が悪い。

そう思っていました。

 

でも駄目なんですよね。蓋をするって。

蓋をすることは、自分で自分を否定しているのと同じです。

 

自分が自分を否定する。

これが積み重なると、体調が悪くなりますし、運気も下がります。

そしてうまく行かないから自分や他人を恨みます。

結局落ち込むから、どんどん運気も悪くなる、悪循環でした。

 

「嫌い!」の感情は紙に書き出そう!

そんな私が変わったのは、一つの本の出会いでした。

 

”疲れたら休めばいい、ということが何故こんなにもヘタクソなんだろう” です。

 

amzn.to

 

ここに、「お恨み帳」の紹介があります。

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怒りがあったらそこにとにかく感情の赴くまま書きなぐる。

そしてバリバリに破り捨てる。

それだけです。

 

シュレッダーでもいいです。燃やすというやり方もあります。

これを感情が収まるまで続けます。

 

するといつしか落ち着きを取り戻し、冷静に見ることができるようになるのです。

 

ちなみに

 

私もかつてやってみたのですが、どうも書いて見返すと恥ずかしくなるので

 

「くそーーー!!あんにゃろーーーー!むかつくんじゃーーーーー!」

とか

 

「嫌いじゃ嫌いじゃ!あんたのことなんか大嫌いじゃーーー!!」

とか

 

心の中で叫ぶ方法にしました(笑)

 

それも平然と。

 

・・ちょ、ちょっと恐ろしいですよね。

まさか心の中でこんなこと言ってるなんて思ったら。

 

ご安心ください。私の場合は一人の場合やなにか作業しているときにやってます。

 

すると不思議なもので、実際嫌いな人が近くに来ても、声が聞こえても心が穏やかでいられるのです。(完全ではありませんが、イライラの度合いがガクンと減ります)

 

心が穏やかになると、嫌なことが起きても動じなくなります。

恨むこともなくなります。

さらには物事に対して「ありがたいなあ」と感謝すらできるようになるのです。

 

そう、ハッキリ申し上げます。

 

運気は上がります。

 

大人もやってほしい。感情の発散!

「嫌い」の感情に蓋をする行為は、おそらく学校教育での「みんな仲良く」や、日本人特有の「同調圧力」が背景にあるのでは?と思います。

 

確かに「みんな仲良く」の考えは悪いことではありません。

行き過ぎるのが良くないのです。

 

自分の感情を無視してでも相手を受け入れようとしないでください。

 

合わない人とは、合わないのです。

 

その事実を認めた上で、人と関わればいいのです。

 

大人だからこそ、子どものように

 

むかついたことや苛ついたことをノートに書くもよし。

私のように心の中で叫んだっていいんです。

 

ただし他人に聞かれたり見られたりしないよう証拠は隠滅しておきましょうね(笑)

特にSNS上なんて書いたら残りますから・・

 

いかがだったでしょうか。

私自身どうしても人を嫌いになる事自体に強い抵抗がありましたので、踏み切るのにかなり苦慮しました。

ですが今ではちょっとでもムカッと来たら感情を爆発させ、感情の赴くままに生きるように切り替えたら、生きやすくなったように感じます。

 

怒ることへの罪悪感をお持ちの方はぜひ実践してみてくださいね。

 

ハッピーな1日をお過ごしください!

あなたの経験や知識を求める人は存在する

毎朝、布団の中でうつらうつらしながら聴いているラジオから、こんなお話が聞こえてきました。

 

『この前ある女優さんの特番をやったとき、とても面白い逸話があったのですが、ほかの番組で話したことなのでここでは触れなくていいか、と思って話さなかったんです。
だけどリスナーさんからあの話をしてほしかったとその後メールがあって、ああ、自分は何度も話しているからと封印するのではなく、面白いと思っているなら何度でも話していいんだと気づいたんです。』

 

かれこれアナウンサー歴30年近くのベテランさんでも、新たな気づきがあるんだ・・

 

そう感じたのです。


自分にとってありきたりな話でも、受け取る人にとってはものすごい有益な情報だったりすることがあります。

 

私も仕事や経験で得た情報は数多ありますが、どうしてもそういった情報って他人に公開するほどのものじゃないと思ってしまうのです。

 

だけどこのお話ではありませんが、意外とそんな話を聴きたいと思う人は結構いるものです。

 

「こんな話、誰も面白いなんて思わないだろう」
「もっと興味深い話の方がいいに決まっている」

 

そんなふうに決めつけていませんか?

 

その話が面白いか、面白くないかは、聞き手が判断することです。

 

発信者が決める事じゃないんです。

 

だからあなた自身の判断で閉じこめてしまうより、とりあえず投げかけてみてはどうでしょう。

 

ちょっとした裏話や体験談は、時にその人の人間性を感じ取ることができます。

 

きれいな上辺な話より、感じたまま、思ったままの荒削りな話の方が楽しかったりするものです。

 

そんなことを伝えたいな、と思いながら今日も駄文を書くのです。

 

私が感じた思いに共感してくれる人がいると信じて・・

 

子どもと大人、本当に生きやすいのはどっち?

子どもの頃、「早く大人になりたいなー」と思った人、多いんじゃないでしょうか。

その裏にはもしかして(大人になれば勉強しなくて済むとか、好きなものを好きなだけ買える・・)という邪な思いがあるかもしれませんが(笑)

 

まあそれはともかく、大人に憧れるって素敵なことだと思います。

 

そう書いているのに、かくいうジブンは『ずーーーっと子どものままでいたい!』と20歳過ぎまで強く願いながら過ごし、結局あきらめたという幼稚な大人です(苦笑)

 

さて、早く大人になりたいと思って実際大人になってみたら、「あれ?子どものほうが良かった」なんて思ったりするのですから、いやはや不思議なものです。

 

そこで、子どもと大人どっちが満足できる生き方なのかを考察してみようと思います。

 

 

生きやすいのは、子どもも大人も同じ

 ジブンなりの結論言っちゃいますが、

 

どっちも生きやすい(はず)なんです。

 

「はず」と入れたのには理由があるから。それをこれから書いてみますね。

 

子どもは空気を読まない(読めない)

仕事上、小学生と関わっていますが、やはりひとつ言えるのは空気を読まない。

人が話しているのに割り込んだり、取り組んでいる友達の邪魔をしたり。

まあ、それは年齢が低いせいもあるし、そもそもジブンも空気読めない子どもでしたから(笑)仕方ないなって思うんです。

自分のことしか考えてなくて周りを読めてないからだと思います。

 

でもやけに空気が読める子も中にはいます。

自分より他人を優先する姿勢。こちらからすると手伝ってくれたり気遣いができるのでありがたいとは思うのですが・・

 

冷静に考えるとそれっていいのかと思います。

 

健全に成長して、大体高学年あたりになれば空気を察知する能力が育ちますのでいいのですが、低学年で誰かに気を遣うのは子どもらしくないような気がします。

 

おそらくですが、その背景には

 

「かまってもらいたい思い」や「いい子でいないと認められない」

 

という不安や恐怖が隠れているのかもしれません。

 

大人は空気を読みすぎ

 逆に、大人はどうでしょう。

 

すでに思春期で同級生や周りの人との関係性を気にするようになっていますので、それなりに空気は読めます。

 

しかしここでも危機を感じるんです。

 

「空気、読み過ぎじゃないか」と。

 

子どもの頃に培った「空気を察する力」が、大人になってさらにパワーアップ!して働きすぎている人、いると思うんです。(はーい、ジブンでーす)

 

誰かが頼んだわけでも、望んでもいないのに先回りして仕事や家事などをやる。

 

そうしないと怖くて仕方ない。

 

不安がもたらす典型的な行動パターンです。

 

これが続くと、燃え尽き症候群や鬱といった病や無気力、感情の起伏が激しくなるなど自分をコントロール出来なくなりますし、なにより

 

『生きづらい』です。

 

そう考えると、極端なものの捉え方をする思考は人生を辛くさせると思うんですよね・・

 

しんどいですよ。経験してますから言えますが。

 

 

子どもと大人、どっちも生きやすい世の中にしたいもの

これは個人的観点ですが、年々そういった苦しみを持っている人が多くなってるように感じます。

 

子どもは

・無邪気で好奇心旺盛

・周りの様子が見えてないことが多い

 

 

大人は

・責任が伴うので常に注意を払う

・無邪気になることはあまりない

 

 

こうまとめてみても、両極端すぎます。

だから

 

子どもと大人、どちらのいいところを取り込めば生きやすくなる

 

そういうことじゃないかと思います。

 

 

子どものうちから大人による過干渉や暴力等で居場所を失っていたら、人の顔色見てビクビクする性格になるのは当たり前な話です。

 

子どもは子どもらしく過ごしてほしい。

大人にも大人らしさを持って過ごしてほしい。

 

もし成長過程で深い傷を負ったのであれば、その傷や不安、悲しみを癒やして乗り越える。

それ以外にも、こうした環境を生み出す大人に対する心のケアも必要なんじゃないかと考えます。

 

 

世の中には色々な人がいます。

積極性のある人もいれば消極性の人もいる。

攻撃的な人もいれば温厚な人もいる。

 

この「基本」を理解して、自分の心を守れるようにしたいものです。

久しぶりに記事を書きました

こんにちは。ご無沙汰しています。

 

ブログを最後に更新したのが1年前くらいだったので、あー、かなり時間を空けてしまったなあと反省しています。

 

今回、一気に記事をアップしましたがこれは過去に書き溜めておいた愛着障害に関する情報です。大変お待たせしました。

 

この1年仕事に追われていたので、ブログの存在すら忘れてしまっていたり・・汗

 

でも心理学については毎日のように記事は貯めていましたし、本も購入していましたので、時間を見つけてまとめていこうと思います。

(新たな気付きもありました。それについても書きますのでお楽しみに)

 

 

【愛着障害】11.ココロの泉を枯らさないために

今回愛着障害を学んだことで、色々振り返りました。

 

私自身、親から支配に近い過干渉や、いじめによる人間不信によって不安型と回避型の両方を持つ「恐れ回避型」の愛着障害を持っていることに気づきました。

 

なぜ私のメンタルは安定しないのだろう。
なぜ私はこんなに周りの人の言動や行動に振り回されるのだろう。

 

20代から悩み続けたその答えは、愛着障害でした。


それが分かっただけで、心の中に閉じこめ否定してきた闇の部分に向き合おうと思えるようになりました。

 

私はこれまで、どうしても自分を認めてもらおうと、様々なことに取り組んでいたと思います。


いわゆる不安型がそうさせていたんでしょう。


ありとあらゆる資格を取ったり、通信制大学で学んだり、毎日仕事にフルブーストかけて取り組んだり・・

 

そのくせ回避型の一面である「人と関わりたくない」「縛られたくない」という心理もあって、褒められても素直になれません。


実は通信制大学で優秀論文をいただいているのですが、あの時の私は正直「私にそんな資格なんてない・・」と負い目の気持ちの方が断然に強く、無理して笑顔を作っていたのです(関わっていたみなさん本当にごめんなさい)。

 

認められたい、親しくなりたいのに、人と深く関わる事が怖い。

 

だからいつまでたっても心は満たされない。

 

たとえ仕事とかで認められても、その感情は底に穴が開いた樽のようにどんどん流れ出し、いつまでも満たされない・・。

 

求め続けるあまり、自分を限界まで追い詰めた結果、「やっぱり誰も分かってくれない」と自暴自棄になったり自己嫌悪に陥ったりする無限ループ。

 

ホント、面倒な性格。

 

つくづく愛着障害は、人として伸び伸びと生きられない、辛く苦しい、憎いものと分かったのです。

 

🌻

話は変わりますが、私が全推しするハートキャッチプリキュアのミッションは、誰もが心に咲かせている「ココロの花」を守ることでした。

 

さて、ココロの花がハトプリなら、私は・・

 

寝ながら一人考えました。

 

一番大切なのは、自分で自分を認めること。

 

それを教えてもらいました。

 

先ほどの樽の話ではありませんが、結局私がいつまでも満たされないのは、満たされない状況を自ら作っていただけだった。

 

これまで満たされたと思っていたものは、他者から認められたという、他人中心。


ならば今度は私自身が私の心を満たしてあげればいい。つまり自分中心。

 

そう考えると、外的から注いでもらう樽というより、ココロの内側から懇々と湧き上がる泉のよう・・。

 

「ココロの泉」という言葉が浮かびました。


私の中にココロの泉があり、その水は決して枯れることはない。

 

だけど自分を否定したり誰かと比較したりすればすぐ枯れてしまう。

 

だから枯れないように、枯らさないように、常に自分の行動を全部肯定しよう。

 

そうすればいつまでもココロの泉は満たされる・・

 

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そんな概念が導き出されました。

 

🌻

どんな行動も、どんな感情も、決して否定しないでください。
すべて「いいよ」と認めてあげてください。

 

それが、ココロの泉を永遠に満たす行動であり、愛着障害を乗り越え、自己肯定感を確立させる手段なのです。

【愛着障害】9.愛着障害の克服は依存症の克服にも役立つ?

岡田先生の著書を参考に実践をしていると、私自身ちょっと変化が現れてきています。


それをちょっと報告します。

 

私はこれまで何かあるたびに、「即SNSに投稿!」と動いていましたが、そういう気持ちが減ってきたように感じます。

 

というか、投稿どころか見る気持ち自体が消えつつあります。


これまでの行動を振り返ると

 

伝えたい!と思うとすぐSNSに投稿。そのとき、反応があればラッキー!、ない状態が続くとイライラしていました。

 

冷静になればかなりの依存心があったと思います。

 

しかし実践を始めてから、投稿しよう!と思っても、まあ別にいいかな、と思うようになり、あまりSNSに上げたいと思わなくなり、最低限に留めるようになりました。

 

さらにこれまでは数分ごとにSNSを見るような、一種の依存症に近い状態だったのもなくなりつつあります。

 

さらに食べるものにも変化がありました。


ポテトチップスやお菓子を求めなくなったり、常に何かつまみ続けるような行動も減っているように感じます。

 

おそらく、自慢も否定も全て肯定することで、自分でも気づかない潜在的な部分が感じていたストレスが軽減されていたり、自分に対する揺るがない信頼によって、SNSや対人関係における心の揺らぎが減ってきていることなどが考えられます。

 

自信は仕事を中心にそれなりにありましたが、他者からもらう評価のため、どうしても時間が経つと消えてしまったり、ちょっとしたことで一気に崩れてしまうため、安定しない感じでした。

 

それが全肯定という、たった一つの行動で内側から自信が溢れてくるのですから、本当に不思議で仕方ありません。

 

愛着障害の概念は、愛着が不安定だと情緒不安定や無関心といった人格面に対する問題が起こり、一方で愛着の絆が確立されていると情緒が安定し探求心が芽生えると言われています。

 

確かにその部分は強く実感しています。

 

しかし愛着障害は人格面だけでなく、過食やSNS、買い物依存といった依存症も起こすのですから、いかに愛着を満たすことが人間にとって重要なのかを学びました。

 

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岡田先生もおっしゃっていますが、愛着障害が依存症を引き起こすのは事実で、この部分については正直無自覚に近かったです。


まさかこれも愛着障害による弊害だったなんて・・目から鱗

 

満たされないから満たされるものにすがりつく。


それは人だったり、物だったり、行動だったり・・

 

そういった依存から脱却できず苦しんでいるのでしたら、根底に愛着障害が潜んでいるかもしれません。